はじめに
岡山在住の小学生のご協力を得て2002~2006年に実施した、国内初の近視進行抑制のランダム化比較試験について、その背景、原理、成績について述べます。
学童の近視予防はなぜ必要か?
バイオメトリー技術の進歩により、学童期の近視進行は眼軸長(角膜から網膜までの距離)の過伸展が主な原因であることが確実になりました。近視が進行するにつれ、網膜や脈絡膜の病的変化が起こり、将来、緑内障、網膜剥離、黄斑変性症といった失明につながる眼疾患にかかりやすくなります。レーシック、オルソケラトロジーなど近視矯正の選択肢は増えましたが、眼軸長の過伸展による眼合併症のリスクについては無効です。近視進行や眼軸長の伸展の著しい学童期にいかにそれを食い止めるかという問題は、今も眼科医に与えられた大きな研究テーマの一つです。
科学的エビデンスとは何か?
何かの病にかかった時、自己責任ではありますが、我々には3つの選択肢があります。医学、民間療法、宗教的治療です。医学とその他2つを隔てるものは、科学的エビデンスの有無です。ハイレベルの科学的エビデンスは、ランダム化比較試験という手続きを経て生まれます。さらに複数のランダム化比較試験の結果を統合し、診療上のガイドラインが確立されます。
近視トライアルの原理と成果
実施した近視トライアル(ランダム化比較試験)の治療根拠は、眼軸長の視覚制御と調節ラグに基づきます。治療法として累進屈折力レンズ(PAL)を用いました。PAL装用群は通常眼鏡(SVL)装用群に比べ、統計学的には有意に近視進行が遅かったのですが、抑制率は平均15%に過ぎませんでした。しかしこの研究がきっかけとなり、近視トライアルⅡ(2008~2012年)、近視トライアルⅢ(2011~2014年)が実施され、さらに当院では、極低濃度アトロピン点眼液を用いた近視トライアルⅣを計画中です。